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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)319号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一九三七万三九八一円及びこれに対する昭和五九年三月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二七五〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (不当利得返還請求)

(一) 原告は、被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を同人より賃借している訴外店舗システム研究所こと高島宗雄(以下「訴外高島」という。)から、昭和五七年一一月四日、右建物の改修工事を代金三〇〇〇万円で請け負い、その後、右建物の内装設備工事も代金二一八〇万円で請け負って(以下両者併せて「本件工事」又は「本件請負契約」という。)、同年一二月一〇日、右各工事を完成し引き渡した。

(二) ところが、訴外高島は、本件工事代金として二四三〇万円を支払った後、その残代金を支払わないまま所在をくらましてしまった。原告は、訴外高島の所在やその財産の有無を調査したが、これを見出すことができなかった。これらの状況からみて、訴外高島は無資力になったと考えられ、したがって、原告の訴外高島に対する未払代金債権二七五〇万円は無価値になったと考えられる。

(三) ところで、本件工事は、一面において、原告にこれに要した財産及び労務の提供に相当する損失(本件工事代金相当額)を生ぜしめ、他面において、被告に右に相当する利得を生ぜしめたものであるが、原告の訴外高島に対する未払代金債権二七五〇万円が無価値であるので、その限度においては、被告に生じた右の利得は原告の財産及び労務に由来したものということができる。

(四) したがって、被告は、右二七五〇万円の限度において、法律上の原因なく原告の財産及び労務により利益を受けたものということができるから、その利得を原告に返還すべき義務があるというべきである。

2  (必要費償還請求権の代位行使)

訴外高島は、本件建物を店舗として使用収益する目的で賃借したものであるが、本件工事、少なくとも改修工事は、本件建物を店舗として使用収益するのに必要な工事であるから、訴外高島は被告に対し、その負担した工事費につき費用償還請求権があるといえるので、原告は、前項(二)の未払代金債権を保全するため、資力を失った訴外高島の被告に対する右の費用償還請求権を代位行使することができる。

3  よって、原告は被告に対し、主位的に不当利得返還請求権に基づき、予備的に債権者代位権に基づく訴外高島の被告に対する費用償還請求権の行使として、二七五〇万円及びこれに対する本件工事完成・引渡により被告が利益を受けた日の翌日であり、訴外高島が被告に代わって右の必要費を負担した日の後である昭和五七年一二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実中、被告が本件建物を所有していること、訴外高島が被告から本件建物を賃借していたことは認め、その余は不知。

(二)  同1(二)の事実中、訴外高島が原告に対し少なくとも二四三〇万円を支払っていることは認め、その余は否認する。訴外高島は、原告やその下請業者に対し、本件工事代金全額を支払っている。すなわち、原告は、本件工事を第三者に下請けさせて行ったが、その下請工事代金を支払う前に倒産したことから、その下請業者は元請けの注文者であった訴外高島に対し本件工事代金を直接自己に支払うよう要求し、訴外高島はこの要求に応じて支払うなどしたため、原告の訴外高島に対する本件工事代金はすべて支払われている。

(三)  同1(三)の事実は否認する。

仮に、原告の訴外高島に対する代金債権が消滅していないとしても、原告は下請業者に下請工事代金を支払っていないので、原告の主張する損失の全部又は一部はその下請業者にあるというべきである。また仮に、その損失が原告にあるとしても、原告は訴外高島に対し少なくとも七〇〇万円の貸金債務を負担しているので、この限度で原告の損失は認められないというべきである。

(四)  同1(四)の主張は争う。

2  同2の事実中、訴外高島が本件建物を店舗として使用収益する目的で賃借したことは認め、その余は不知ないし争う。

3  同3の主張は争う。

三  抗弁

1  被告と訴外高島は、前記賃貸借契約を締結するに際し、権利金を授受しない代わりに、訴外高島が本件建物を使用収益するのに必要な工事等は訴外高島の費用をもって行い、訴外高島は被告に対し契約終了による本件建物返還時名目の如何を問わず金銭的請求をしない旨の特約を結んだ。したがって、被告は原告や訴外高島に対し、右特約に反する結果となる前記不当利得返還義務や費用償還義務を負うものではない。

2  被告は、昭和五七年一二月二四日、訴外高島との間の前記賃貸借契約を、同人の無断転貸を理由として解除したが、訴外高島が同六一年五月三一日まで本件建物を明け渡さなかったため、訴外高島に対してその間の賃料相当損害金二〇五〇万円の支払請求権を有しているところ、原告代表者である訴外大山豊は、その債務について連帯保証をしているので、被告は訴外大山豊に対しても右同額の支払請求権を有している。ところで、原告は事実上倒産して法人格が形骸化しているため、原告の本件不当利得返還請求権はその代表者である訴外大山豊個人の請求権と同視されるべきである。そこで被告は、平成元年七月六日の本件口頭弁論期日において、訴外大山豊に対する右保証債権をもって、原告の本件不当利得返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、被告と訴外高島が被告主張のとおりの特約を結んだことは認め、その余は争う。

2  抗弁2の事実中、原告が事実上倒産していること、原告の代表者が訴外大山豊であること、被告がその主張する相殺の意思表示をしたことは認め、その余は否認ないし争う。

五  再抗弁

抗弁1の特約は、賃借人に不利な内容のものであり、仮にこの種の特約が許されるとしても、本件工事のような大規模な工事の費用までも賃借人の負担とする内容のものは、借家法六条により無効というべきである。

第三  証拠(省略)

理由

一  被告が本件建物を所有していること及び訴外高島が被告から少なくとも昭和五七年一二月二四日に契約を解除されるまで本件建物を賃借していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、いずれも原本の存在と成立に争いのない乙第五、第六号証(被告の訴外高島に対する当庁昭和五七年(ワ)第二一五八号建物明渡請求事件における訴外高島の本人調書の写し)と原告代表者本人尋問の結果とにより成立を認める甲第一、第二、第四、第五、第一〇号証、いずれも原告代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第六、第七号証、いずれも成立に争いのない甲第一四、第一五号証、いずれも弁論の全趣旨によりそれぞれ昭和五七年九月頃及び昭和五九年四月中旬頃の本件建物の写真であると認める検甲第一、第三号証、いずれも成立に争いのない乙第一、第二号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第三、第四号証、前掲乙第五、第六号証(但し、後記措信しない部分を除く。)、原告代表者本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  訴外高島が被告から本件建物を賃借したのは、昭和五七年二月一日のことであるが、その当時、本件建物は、地下一階が遊戯場、地上一階と二階がホテル、三階がアパートという構造になってはいたものの、いずれも使用されてはおらず、建物全体が廃墟同然の状態であった。

2  そこで、訴外高島は、被告の承諾を得て、本件建物を、地下一階はライブハウス、地上一階は喫茶店又は炉端燒店、二階はレストラン又はブティック、三階は各種実技学院カルチャーセンターの各営業施設を有する総合ビルに改修・改装することとし、昭和五七年一一月四日、原告に対し、右改修・改装工事(本件工事)のうち本件工事を代金三〇〇〇万円で、内装設備工事を代金二一八〇万円で請け負わせた。

3  原告は、下請業者をも使用して本件工事を施工し、昭和五七年一二月初旬頃全工事を完成し訴外高島に引き渡した。途中、店舗を細分化する計画変更があったため、実際にかかった工事費は、本件工事分が三七六九万八四六一円、内装設備工事分が二九〇八万一六二〇円であった。

4  訴外高島は、原告に対し、本件工事請負代金合計五一八〇万円のうち二四三〇万円は支払ったが(この点は、原告の自認するところである。)、残金二七五〇万円は支払わないまま、昭和五八年三月頃から所在をくらませてしまった。そのため、原告は、本件請負契約の契約書等の記載や前掲乙第五、第六号証の住所欄の記載等を手がかりにして訴外高島の所在や財産の有無を調査したが、現在に至っても、訴外高島の所在や財産は判明せず、原告の訴外高島に対する前記本件工事請負残代金債権は、回収不能、したがって無価値となっている。

5  また、訴外高島は、本件建物賃借にあたり、被告に対して権利金を支払っていないが(敷金四〇〇万円は分割で支払った。)、その代わりに、被告との間に、訴外高島が本件建物の使用収益を始めるにあたって必要な工事使用に必要な修繕、造作の新設・附加・除去・変更等の工事はすべて訴外高島の費用をもって行い、訴外高島は契約終了による本件建物返還時被告に対し名目の如何を問わず金銭的請求をしない旨の特約を結んだ(右特約の存在自体は、当事者間に争いがない。)。

6  そのほか、右賃貸借契約においては、無断転貸、文書による承諾のない第三者への造作・設備の譲渡が禁止されていたが、訴外高島は被告の明示の承諾がないまま本件建物中前記細分化された店舗を他に転貸したため、被告は、昭和五七年一二月二四日右賃貸借契約を解除して訴外高島に対し本件建物の明渡を訴求し、昭和五九年五月二八日勝訴判決を得、その判決はその頃確定した。

以上の事実が認められる。前掲乙第六号証及び被告本人の供述中には、右認定に反し訴外高島が原告に対し本件工事請負代金を全額支払った旨の部分があるが、いずれも前掲証拠に照らして措信し難く、他に訴外高島が原告に対し本件工事請負代金を前記原告の自認額以上に支払ったことを認めるに足りる証拠はない。また、他に以上の認定を左右する証拠はない。

二  以上認定の事実によれば、本件工事は、一面において原告に、右工事のため財産及び労務を出捐しながら、注文者である訴外高島からは請負代金を全額回収できないという損失を生ぜしめているとともに、他面において被告に、右工事によりその所有にかかる本件建物の価値の増加を得ながら、右工事の注文者であり本件建物の賃借人である訴外高島に対しては工事費用の償還をしなくてよい、つまり無償で本件建物の価値の増加の利益を得るという利得を生ぜしめているとみられるのであり、このような場合には、右の原告の損失と被告の利得との間には直接の因果関係があるとみることができ、公平の理念からすれば、被告の利得には法律上の原因がないものということができる。したがって、原告は被告に対し、不当利得返還の法理に基づき、右の原告の損失の限度において被告の現存する利得の返還を請求することができるものというべきである(この請求権は、講学上転用物訴権と呼ばれるものであり、理論上不当利得返還請求権の範疇に入るか否かについては疑義がないではないが、広い意味での不当利得返還請求権には含まれるものと解され、原告の本件主位的請求も、この請求権に基づくものと解される。)。

被告は、原告は下請業者に対し下請代金を支払っていないから、原告に損失はないと主張する。しかし、原告の下請業者に対する下請代金債務が法律上消滅したとか事実上履行しなくてよいことになったとか認むべき証拠はないから、原告に損失がないとすることはできない(原告代表者本人尋問の結果によれば、下請業者は、本件訴訟の帰すうを注目していることが窺える。)。また、被告は、原告は訴外高島に対し少なくとも七〇〇万円の借受金債務を負担しているから、その限度で原告に損失はないとも主張する。しかし、右借受金債務負担の事実の有無はさておき、仮にその事実があったとしても、その事実と原告の前記損失とは何ら関係がないものというべきであるから、原告に損失がないとすることはできない。

また、被告は、訴外高島には権利金を取らずに本件建物を賃貸した代わりに、同人との間に前記費用償還請求権放棄の特約を結んだのであるから、被告に利得はないと主張するようである。しかし、前認定のとおり、被告は、訴外高島に対し本件建物を賃貸するにあたり、なるほど同人から権利金を取ってはいないが、賃借権の譲渡・転貸は禁止しており、訴外高島が本件工事費用支出に見合うだけの営業収益を本件建物の賃借利用により得るだけの期間本件建物を賃貸してもいないのであるから、やはり被告は、無償で本件建物の価値の増加という利益を得ているものというべきであり、被告に利得がないとすることはできない。なお、原告は、前記工事費用訴外高島負担・費用償還請求権放棄の特約は借家法六条により無効であると主張するが、右特約は、借家法一条ないし五条のいずれの規定にも反するものではなく、借家法六条により無効であるとは解されない。

三  そこで、被告の現存利得額につき、検討する。

現存利得額算定の基準時は、原告が被告に対し本件不当利得返還請求をした時、すなわち、本件訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和五九年三月一五日と解すべきである。

鑑定人澤田庄七の鑑定の結果によれば、原価法によった場合、本件建物の価格は、本件工事施工前七七四万一二八三円であったものが、本件工事施工直後の昭和五七年一二月一〇日には三一九三万七二四三円になり、更に前記昭和五九年三月一五日には建物の損耗等により二五五七万二五一六円になったことが認められる(右鑑定は、本件建物の価格を原価法によるほか収益法によっても評価しているが、本件の場合は、建物利用者の利用目的や金利の動向などによっても左右される収益法によるのは相当でなく、原価法によるべきである。)。そして、原告が本件工事に供した資材のうち具体的にどれが本件建物に付合して被告の所有に帰したかは、証拠上明らかではないけれども、特に反対の事情が認められないので、原告が本件工事に費した財産及び労務は、全体として前記価格増加の限度で、資材が本件建物に付合するなり本件建物と付加一体のものとなるなりして、本件建物それ自体の価値を増加させたものということができる。

したがって、被告の現存利得額は、前記本件建物の本件工事施工直後の価格から本件工事施工前の価格を控除した残額の昭和五九年三月一五日現在の価格(この価格は、右残額に本件建物の本件工事施工直後から昭和五九年三月一五日にかけての損耗減価率を乗じて算出する。)であり、次の算式の示すとおり、一九三七万三九八一円である。

〈省略〉

四 そうすると、原告は被告に対し、前記原告の損失額二七五〇万円の限度内である被告の右現存利得額一九三七万三九八一円の不当利得返還請求権及びこれに対する前記請求の日の翌日である昭和五九年三月一六日から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金債権を有するものというべきである。

五 これに対して、被告は、原告が倒産してその法人格が形骸化し、右不当利得返還請求権は原告代表者個人の債権と同視されるべきものとなったとし、そのことを前提として相殺の抗弁を主張する。しかし、右不当利得返還請求権は、本件工事に関して生じた債権であるから、原告が真に法人格を具備していたか否かは、原告が本件工事を請け負った時点において判断すべきところ、右時点において原告の法人格が形骸化していたと認むべき証拠はないから、被告の相殺の抗弁は、前提を欠き失当というほかない。

六 よって、原告の本件主位的請求は、四項記載の金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

所在    京都市東山区大和大路通り四条下ル一丁目大和町一五番地

家屋番号  同町九二番

種類    店舗

構造    鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建

床面積   一階    一〇三・五三平方メートル

二階    一一五・二三平方メートル

三階    一一五・二三平方メートル

四階     二〇・一六平方メートル

地下一階  一一三・二五平方メートル

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